近年、「国際化」という言葉に代わって、「グローバリゼーション」「グローバル化」という用語が頻繁に用いられるようになってきた。現代の社会は、国と国との相互作用を捉える「国際化」という概念ではもはや捉えきることができない。国、民族、言語、宗教、政治・経済体制など、あらゆる境界を越えた相互作用が活性化するなかで、地球社会全体の動きが私たちの日常生活にも大きな影響を与えるようになってきている。こうした社会状況を米国の社会学者アパデュライ(ArjumAppadurai)は次のように分析している。彼はグローバルな相互作用が進行するなかで、現代の社会にはさまざまな領域で錯綜した「流れ」が生じているという。そしてその複雑な流れのなかに大きく5つの景観をみることができると主張する。すなわち、(1)地球規模での人々の移動という人の流れ、(2)テクノロジーの流れ、(3)お金や証券などの金融の流れ、(4)印刷メディア、映像メディア、最近では電子メールやインターネットなどの電子メディアを含むメディアがっくり出す流れ、(5)人権概念、民主主義などイデオロギーや思想の流れである。これらは、流動的かつ錯綜する景観をつくり出している。アパデユライが指摘するように、地球規模の流れとは単に技術や資本にとどまるものではなく、人もまた国や文化の境界を越えて移動する。その流動性は加速度的に高まり、またその交錯の度合いも複雑さを増してきている。私たちが生きる現代社会は、異なる文化との接触や交流が日常的に行われる社会となってきているのである。日本でも1980年代後半より、国境を越えた人の移動が急速に進んできた。新たに日本で生活をはじめた外国籍住民の急増、国際結婚とそれにともなう出生数の増加などにより、日本で育つ子どもたちの国籍や文化的背景は年を追うごとに多様なものとなっている。2003年の人口動態統計によれば、父母の双方あるいは一方が外国籍である子どもの出生数は、日本における総出生数の2.9%、約35人に1人に相当する(厚生労働省『平成15年度人口動態統計年報』)。日本における「人」のグローバル化は、乳幼児期からはじまっているといってよい。
>> 保育士の専門学校詳細こちら